裁く人は裁かれる

ふと思った。

 

完全に好かれる人もいなければ完全に嫌われる人もいない。

あらゆる人に苦手なタイプの人と好きなタイプの人がいる。

 

こればっかりはどうしようもない。

人間は八方美人にはなれない。

 

私も苦手なタイプの人がいる。

 

まぶしくて輝いていてこちらに関心を寄せない人。

元々私には末っ子気質があり見て欲しいという思いがあるのかもしれない。

 

今日話したいことは苦手なタイプの人ではなく嫌いなタイプの人。

 

それは裁く人。

 

私は元々、自分と真逆の考えを持つ人や、時に対立するような考えを持つ人でもその人の話をまともに聞くとそうかって納得してしまうところがあった。

 

自分に定見がない人間なのかとも思った事があった。

風見鶏なのではと思ったことも。

 

しかし、今、人の話を聞く仕事をしていて、あっちにいってはフンフンそうですか、こっちに行ってはぁはぁそうですか、こちらに来ればふーんなるほどとやっている意味では役に立っているのかもしれない。

 

そうしてみると裁く人は正に真逆だ。

 

自分は正しい、相手は間違っていると言う。

そこまではいい。

しかし、そこからさらに相手の考えを過剰なまでに否定し、人格まで評価する。

 

冗談じゃない。

 

科学数学なら明確な答えがあるあるかもしれない。

しかし、おおよそ思想上のこと、政治的なこと、生き方のこと、考え方のこと、そんなの人それぞれだ。

 

何がいい何が悪いなんて紙一重だ。

それをお前は間違っているとして裁かれそうなとき思う。

うるせぇ。

 

だから最近の有名人の不祥事だの、政治的見解だの、メディアによる喧伝だの、そういったもので相手の事情や背景を何ら推察せずに安易な正義感を持って裁く文言を目にした時、くそくだらないと思う。

安っぽいと思う。浅いと思う。



・・・はい、私も裁いてました。