名も知らぬ顔も知らぬ・・・

電話相談をしている。

 

こちらは匿名、向こうも匿名。

都会の片隅で名も知らぬ顔も知らぬ、刹那の時間に様々なお話を聞く。



こちらが息つく間もなくガーッと10分ほどしゃべりまくって電話を切る人がいる。

いつだったか、あまりに息つく間がないので試しに相槌をしないでみた。

 

するとどうしたことか、本当にその方はただひたすらガーッと話し続けた。

私は何も喋らない。

これじゃ単なる壁だ。

 

けど、それでいい。

その方には思いを吐く時間が必要だったに違いない。



毎日かけてくる人がいる。

自分がこんなに大変なの、周りはこんなにひどいの、自分は困っていると切に訴える。

 

明らかに本人の思い込みが入っている。

被害妄想だの、統合失調症だのと言っても始まらない。

その方にとっては真実だ。

 

こんな方に解決の提案をしても無駄だとは言わないがあまりうまくいかないだろう。

 

なぜならその方は暗に言っている。

聞いて聞いてこんなに大変なのと。

 

そしてこちらは答える。

そっかそっかと。

 

その方にはこの文脈が必要なのだ。

 

ひょっとしたら小さい頃にこういった原体験があるのかもしれない。

切なる思いを聞いてもらえなかったという。

満たされなかった思いを今だに抱えているのだろうか。

 

だから目の前の問題を解決しようとアドバイスしてもおそらく次に起こるのは見えている。

次の問題、次のネタを探して、また聞いて聞いてこんなに大変なのと。

 

問題が必要なのだ。

偶然解決してしまったら途方に暮れるに違いない。



ある方がいた。

物忘れに困っている、ボケる前にもう人生終わらせても良いのではないかと。

 

詳しく聞いていくと、かつては某テレビ局でプロデューサーとして鳴らしたらしい方で、世界的有名なアーティストを日本に受け入れるにあたっての担当者として采配したり、これまた国民的番組のプロデューサーもしたらしい。

 

知り合いも芸能人からスポーツ選手、政治家に至るまで具体的に名前をあげなかったが様々な方とお付き合いしてきたらしい。

 

へーっと驚く私にその方は言った。

 

何も別にすごいことではない、同じ人間だ。

たまたま政治家、たまたまアーティスト、たまたま八百屋、たまたまプロデューサー、みんな普通の人だ、たまたまなんだと。

 

その方はあらゆる人たちと上下貴賤なく接してきたのであろう。

しかしその輝かしい人生を経ての今は、何か物悲しい有り様だった。

 

なぜなら仕事も交友も申し分ないぐらい今なおやっていらっしゃるにもかかわらず、最も根本の家族関係において完全に孤立していたからだ。

 

彼は延々と昔語りをしていった。

それこそ時間があれば2時間でも3時間でも話しそうな勢いだった。

ひょっとしたら輝かしかった日々を今なお生きているのかもしれない。



私はこういった方々の話をただただ聞く。

中には本当に解決を求めるご相談もあるが、今挙げたような方々は解決を求めてはいないだろう。

 

ただ求めていることは、他者と対話すること。

もしくは自分の思いの丈を話すこと。

もしくは刹那の時間でいい他者とつながること。

 

そんな気がする。

 

人には対話が必要なのだろう。

自分の人生を物語るために。