万能の薬

最近感じることです。

 

いろんな人がいました。

 

前日まで何ともなかったのに次の日ベッドから起き上がれなくなりうつが発症した人。

 

人の目が気になると言って外出できなる人できなくなった人。

 

ちょっとした人の言動にドンと落ち込み出社できなくなった人。

 

こういった方々は以前は何ら問題なく生活していたのです。

なのに以前だったら大丈夫だったほんの些細な事で落ち込み傷つき立ち上がれなくなります。

 

なぜでしょう?

 

私はこんな時、思わずイメージしてしまいます。

心を包む肌なりクッションなりといった心を覆うものが一切なくなった状態を。

 

むき出しの心を。

 

ちょっと突っつくだけで痛い。

触ると痛い。

風が吹くと痛い。

 

そうです。結局こういった状態にある方々は、責任感が強くて頑張りすぎてうつになったとか、人の圧迫感がきつくて電車に乗れなくなったとか、彼の言葉がきつかったとかではなく、そもそも論としてほんの些細な衝撃ですらもう受け止める余裕がなかったのではないかと。

 

そして私はイメージします。

 

水が枯れてしまったダムを。

空になった電池を。

 

分かっていてももはやエネルギーが出ないんですね。

発電されないんです。

動けないんです。

 

だから彼ら彼女らに必要なことはダムに水を入れることです。

電池を充電することです。

 

それには様々な方法があるでしょう。

 

休息を取ること。

服薬すること。

運動すること。

 

しかし私は思うのです。

最も必要なことは心の通った会話ではないかと。

他者とのつながりではないかと。

 

人生で悩んでいれば悩んでいるほど、苦しければ苦しい時ほど、人は孤立しがちになります。

 

人間の悩みに対する万能の薬は他者とのつながりではないか、私にはそう思えてならないのです。