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私の履歴書「世界で最高のものを~早期回想からの~」

【勇気づけカウンセラー佐藤たけはる公式ブログ】

 

 

覚えている記憶。

 

小学校3、4年ぐらいの頃だったろうか。

雪玉を作った。

 

ぎゅっぎゅっと握りしめる。

固く、固く。

 

ふと思った。

最強の雪玉を作ろう。

 

徹底的に強く強く握りしめる。

固く固く握りしめる。

 

やがて、雪玉の表面が白から透明感を帯びた氷の一歩手前ぐらいのような状態になる。

ビニール手袋でツルツルツルツルと磨く。

そしてまた、固く固く。

 

家に持って帰った。

どこかで塩を塗ると良いと聞いた記憶があった。

 

早速塩を塗りたくって雪玉をさらに握りしめる。

そして冷凍庫に入れる。

 

ワクワクワクワク。

結局、後日その雪玉を持って友達にぶん投げて外れた記憶はあるが、あまり印象はない。

外れて悔しくもない。

その辺の道端に落ちて壊れたろうが、あまり関心はない。

 

ただ、あの雪玉を、最高の雪玉を作っている時が楽しかった。



似たようなことが人生の所々である。

中学3年の時の年賀状。

 

自分なりの最高のデザインで凝りに凝ったものを作った。

立体図で「A Happy NEW Year」が飛び出るようなデザインで色も枠線もいろんなものをこだわって。

30枚ぐらいか、むっちゃ時間をかけた。

 

一番最高の出来だったものを当時好きだった人に送った。



麻雀店時代。

誰よりも圧倒的な強さを身に着けたかった。

最高の役作りと、安定の位置になったとしてもさらに上を目指す。

決して逃げずにライオンのように攻め続ける。

 

役満と呼ばれる麻雀の最高役を月平均3,4回はあがった。

麻雀をしている人にとっては人生で上がった数レベルを毎月あがっていたようなものかもしれない。

 

おそらく、麻雀店時代に役満を500回以上はあがっているだろう。

麻雀をやったことがある人に話せば、きっと目玉が飛び出るに違いない。

 

それぐらい攻め抜いたから、攻めダルマと呼ばれることがあった。

ところが、いついかなる時でも攻め続けるから負ける時はとんでもない目に合う。

しばしば火ダルマとも呼ばれた。

 

そんな時は、ハイエナどもが寄ってくる。

ニコニコ顔で「たけちゃん、おいしい~」等と言って、私をカモのように食らい尽くす。

負ける時も圧倒的な負けブリだった。

 

話がずれてきた。

 

そして、ライフスタイル診断という人生カウンセリング。

今年の頭から誰にも真似出来ない究極のモノをやろうと考え、ライフスタイル診断に様々なオプションを付け加えた。

 

やり過ぎて途中でギブアップした。

あまりないのだが、無理!と。



段々そうして、自分が分かってきた。

俺はどうやら人と同じことはやりたくないらしいと。

 

そうして誰にも真似出来ないほどの物を作ろうとしている、作ろうとしてきた。

 

だから、もし万が一、ラーメン屋になってたとしたら自分が想像できる。

他の店では絶対真似できないような味の物を作っていたはずだ。

 

そういえば今思い出した。

麻雀店時代、特製カレーと名付けて、むっちゃいろんな味付けやら工夫して毎週土曜日に出していたのが人気メニューだった。



人生で繰り返し現れるメロディと言われる。

正にその通りなんだろう。

 

けど、私はなぜか目立たぬように、出過ぎぬようにと、出ることを惜しみ自分を抑えるところがある。

きっと、反面の目立ちたい、出過ぎたい思いがあるのにもかかわらず。

 

本当は最高の物を作りたいんだろう。

その意味で突き抜けたいんだろう。

なのに抑えて生きてきた。

 

感情も、欲望も、楽しさも、全てを抑えて。

30代半ばにふと思ったことがある。

 

楽しいってなんだっけ?

20年近く楽しいって思ったことがなかったと気づいた時、愕然とした。

 

生き辛かった。

自分を徹底期に押し殺して、自分を表現できなかった極度のあがり症時代は暗黒の時代だったんだろう。

顔が能面のようになった。



なんとなく、最近チビチビと覚悟を決めて、突き抜けてもいいと言い聞かせているのか何なのか、自分の行動パターンを変えつつある。

 

思い出した。

変な意味で、学生の頃のギャンブラー時代は結構突き抜けていた。

そしたらロクでもない連中が集まってきて、悪の総元締めのように私の部屋はいつも不夜城のたまり場になっていた。



私の人生にとって、満足感や充実感を得るためには、圧倒的な何かを創る、それがきっと欠かせないに違いない。

 

そしてそれを目の前の誰かに最高のモノとして提供できたその時、私は感じるに違いない。

 

私の生きる意味を。

 

だから、誰かのために、それを必要とする誰かに最高のものを提供するために、勇気と、希望と、生きる力を届けるために、私は人生をかけて向上し続けなければならないのだろう。