30歳の春夏秋冬

人の人生を聞いていくとあらゆる人にそれぞれの人生の四季があったことを、春夏秋冬があったことを痛感する。

 

その人には世界で唯一の人生の物語がある。

 

悲喜こもごもとはまさにその通りである。

人生では良いことも悪いこともあらゆることが起こる。

 

 

むしろ悪いことが起こった後のあり方がその後を決めるような気がする。

 

成功の裏には想像を絶する努力があり、克服の背景には劣等感があり、安心を求める背景にはかつての不安心がある。

 

何事にもその裏面がある。

 

絶望は切なる希望の裏返しなのかもしれない。

 

光には影があり、太陽には月がいる。

陰ありて陽がある。

 

吉田松陰が30歳という若さで処刑されるとき、何人もの首を切ってきた処刑人はその端然とした振る舞いに感銘を受けたという。

 

吉田松陰はその際、辞世の言葉として「留魂録」に残した。

20歳には20歳の四季があり、30歳には30歳の四季がある、50歳100歳もそうだと。

 

二十一回猛士と自ら名乗って、常人ではとてもできないことをした行動の人でありながら、学問を究めた吉田松陰は若くして人生を極めた人だったのかもしれない。

 

その吉田松陰が言ってくれているのだ。

言い換えれば、何歳であっても人生の四季があると。

 

全ては移ろいゆく。

今の苦しみはそれを経た先に何かがあるのかもしれない。

 

冬来たりなば春遠からじと言う。

ならば、冬の過ごし方こそが私たちに問われているのかもしれない。

 

 

 

 

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