私の「働く」を求め・・

今日は前の仕事で関わりのあった障害者関連の事業所に打ち合わせのため訪問しました。

 

そこで定期的に、アドラー心理学ELM勇気づけ勉強会という講座を担当させていただくことになりました。

 

対象は主に精神障害をお持ちの方々です。

 

私は前職において、毎月認知行動療法やアドラー心理学等のメンタルの講座を担当してきましたので、そんなには違和感はありません。

 

しかもその時は、さながらガラパゴス諸島の様な状態で、知的・精神・身体各障害をお持ちの方々が入り混じってのグループワークでしたので、時にしっちゃかめっちゃか、時に誰が気に入らないあれが気に入らない、時に具合が悪くなった、ケンカだ、等々いろんなことがありました。

 

ある意味、非常に良い経験になりました。

そんな経験を積ませていただいたおかげで今回の話も結びついたのかもしれません。



それはさておき今日の本題。

 

打ち合わせした事業所の代表理事の方と少しお話をしました。

その方が確かこんなことを言いました。

今、何もなかったらホームレスに関わってみたいと。

 

その時、ふっと忘れかけていた記憶を思い出したのです。

 

ちょうど10年ほど前、人生で最も迷い悩んでいた時期、毎日私の天職とは?と問うていました。

 

東北にある麻雀店での日々です。

ブラックという言葉では済まないぐらいの人道的にも法律的にも、さながら北朝鮮のような店に勤めていました。

 

そこである新聞記事を目にしたのです。

それはホームレスの方々を支援している福祉事業所の取り組みでした。

新聞紙面から伝わってくる凄み。

 

福祉も何も知らなかったあの頃、ここで働いてみたいと強く思った記憶があります。

「きぼうのいえ」という東京の施設でした。

 

しかしその頃の私は資格も学びも経験も全くゼロ回答。

な~んもなし。

スキルといえば麻雀を打てるだけ。

 

経営の「け」の字も、サラリーマンの「サ」の字も知らない単なる麻雀打ち。

あがり症もひどかっため社会性もなく、まかり間違えば自分が路上に行くのでは?みたいな状態。

 

北朝鮮から脱出して、十数年ぶりに会った友達からは「生きてたんだ」と、真面目な顔で言われたことを覚えています。

 

まぁ、それはさておき、色々調べるうちにここで働くのはあまりにもハードルが高いということを知りました。

 

ただ、あの新聞記事に血のたぎる様な感覚を感じたことだけは覚えています。

 

そして今、淡々とホームレスの方の脇を通る自分がいます。

いろんなことを思い巡らしますが、あの時感じたような熱い感覚は全く湧き上がりません。

 

彼ら彼女らには様々な事情があったには違いないでしょう。

そして今そこにいます。

 

そこを踏み越えて私が何かをしてあげようというのは甚だしい思い上がりであり、踏み越えるには覚悟が必要でしょう。

 

そこまでの思いは今の私にはありません。

 

熱かったけれど余計なお世話をしてしまいかねなかったあの頃の私。

余計なお世話はしないようわきまえるようになったけれども冷めた私。

 

何が良いのか何が悪いのか私には分かりません。

 

ただあの感覚を持って仕事をすることに飢えているような気がするのです。

 

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コメント: 4
  • #1

    たまきちひろ (木曜日, 13 7月 2017 09:28)

    お久しぶりです^ ^
    ブログ拝見させていただいて「すごくわかるー!」と痛烈に共感しコメントしてしまいましたw わたしも「自分の天職はなんだろう?」と強く思い悩み、空回りしていた時期がありました。それもほんの最近までの約20年間!今は幸いにして、仕事ではなくてもやりたいことをオープンにできる環境になってきて天職が何か気にならなくなりましたが、あれほど「天職」や「熱い滾る想いで何かをする」ことに執着し飢えていたのは、自分にはなんの社会属性もなく孤独で(と思い込んでいた)、無性に人と繋がりたかった、それを通じて生きてる実感がほしかったのかなーと今となっては思います。「何かしたいけど何もできない!何がしたいのかわからない!」と毎日悶々としていた方が他にもいる!と知っただけで勇気付けられました^ ^ ありがとうございます!今後のブログも楽しみにしてますね。

  • #2

    佐藤たけはる (木曜日, 13 7月 2017 10:47)

    ちひろさん、大変ご無沙汰してます。
    それはびっくり!
    てっきり、自分のやりたいことに邁進してきた方かなと思ってました。

    20年とは長かったんですねぇ、ゴビ砂漠で水を求めて彷徨い続けてきたかのような。

    そうなんですよね、生きる実感なんですよね。
    欲しいじゃなくて渇望なんですよね。
    恋い焦がれていました。

    けど、ちひろさんは今は潤ってきたのかな?

    私はねぇ、道は見つけたけど、正直まだ飢えているかも?

  • #3

    たまきちひろ (土曜日, 15 7月 2017 03:19)

    ゴビ砂漠!まさにw もうたけはるさんはわたしの魂の双子認定!
    ゴビ砂漠を彷徨い、水みつけたー!と思ったら練乳だった、なんてことも数知れずw 消耗しまくりました…。

    道を見つけられたのはちょーラッキーでしたね^ ^ 飢えているくらいが丁度良いのかもしれませんよ。情熱を持てるって贅沢なことですから。

    わたしはやっと、行くべき方向がわかってきて、道が舗装されてきたかな?というレベルです。まだまだたけはるさんには追いつきません(^-^; 難しい道であっても、突き進めばいいだけなんだ、と思うととても安心できます。ゴビ砂漠を彷徨い続けた甲斐があったかなw

  • #4

    佐藤たけはる (日曜日, 16 7月 2017 00:52)

    そっか、北極星を見つけたかのような感じですかね。彷徨い続けた果てに。ぜひぜひ突き進んでいっちゃってくださいね~ちひろさんなら行けそう。