ベッキーにさようなら

仕事柄、うつの方に多く会ってきました。

それぞれにそれぞれの人生があり、うつに至った背景も原因も様々です。

 

なので一概には言えないのですが、うつの方にはある傾向があるように思います。

 

それは「べき思考」と呼ばれるものです。

「かくあるべし」、「かくあらねばならない」として完璧を求めます。

完璧主義、理想主義です。

 

時に、それを自分だけでなく他者にも求めます。

そういった方々は、完璧という理想像を元にこの世界を見るので、どうしても欠けているところばかりに目を向けがちになります。

 

そうして欠けている自分を否定し、責めるのです。

かくあるべき、かくあらねば、べきべき、ねばねば、いわばベッキーネバネバ症候群です。

 

私はシンプルに、ベッキー症候群と勝手に命名しています。

 

私はそういった方々に必要なことは次の3つではないかと思っています。

 

・一つは「ぼよん力」

・二つ目は「許す力」

・そして「他者とのつながり」

 

 

ぼよん力とは、かっこいい言葉で言えばレジリエンスです。

レジリエンスとは精神的な回復力や復元力といったような意味です。

 

私のイメージだと低反発枕が近いです。

何かストレスがあった時に力で対抗するのではなく、吸収したりボヨンと跳ね返す力。

 

大体、生きている以上はストレスは避けられません。

生老病死と言います。

 

次から次へとストレスはやってきます。

そういった中で強くあらねばといっても限界があります。

 

むしろ、ストレスには強さで対抗するのではなく、自身のあり方で対処することが大事なのです。

柳に風、ストレスにボヨン、ショックに低反発。

 

その時、ベッキーが行き場を見失います。

 

 

そして二つ目の許す力とは、「まいっか」という言葉、あるいは「しょうがない」という言葉。

 

ダメな自分、欠けている自分、欠点のある他者、それらを許すことができた時、ふっと体の力が抜ける瞬間があります。

 

それが許しの身体表現です。

ベッキーからの解放です。

 

 

そして、最後に他者とのつながり。

生きにくさを抱えている方、行き詰っている方の多くのケースが孤立しています。

 

孤独ではありません、孤立です。

 

他者に頼れません。

他者が近くにいません。

自分が責任を負います。

 

そうして、世界中の困難をあたかも一人で背負っているかのように、あたかも悲劇の主人公であるかのように。

 

私は思うのです。

他者との関わりによって傷ついた人は他者との関わりによってこそ救われると 。

 

そのとき初めて言えるでしょう。

 

ベッキーにさようなら。